大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)10135号 判決

本訴第一事件原告兼同事件原告秋山キン訴訟承継人(反訴被告)

秋山富雄

外一名

本訴第一事件原告秋山キン訴訟承継人(反訴被告)

秋山保子

外二名

本訴第一事件原告兼同事件原告秋山キン訴訟承継人(反訴被告)

渡邉ヨシ子

外二名

本訴第一事件原告秋山クマ訴訟承継人(反訴被告)

橋本いさ子

外一〇名

本訴第一事件原告(反訴被告)

秋山保男

外一名

本訴第一事件原告秋山安喜訴訟承継人(反訴被告)

秋山愛子

外四名

本訴第一事件原告(反訴被告)

石川好雄

外一〇名

本訴第一事件原告(反訴被告)

三光院

右代表者代表役員

服部義彰

本訴第一事件原告(反訴被告)

瀬沼忠次

外八名

本訴第一事件原告服部光深訴訟承継人(反訴被告)

服部コウ

外二名

本訴第一事件原告服部弥吉訴訟承継人(反訴被告)

服部シゲ

外三名

本訴第一事件原告(反訴被告)

番場廣

外一名

本訴第一事件原告平尾角訴訟承継人(反訴被告)

平尾金子

外五名

本訴第一事件原告(反訴被告)

深須權平

外四名

本訴第一事件原告三神優次訴訟承継人(反訴被告)

三神初江

外二名

本訴第一事件原告水島髙次郎訴訟承継人(反訴被告)

水島富雄

外一六名

本訴第一事件原告(反訴被告)

水島淳二

外一名

本訴第一事件原告水野仁重訴訟承継人(反訴被告)

水野幹夫

本訴第一事件原告(反訴被告)

水島勇

外六名

本訴第一事件原告兼同事件原告村田秀雄訴訟承継人(反訴被告)

村田光子

本訴第一事件原告村田秀雄訴訟承継人(反訴被告)

村田喜美子

外一名

本訴第一事件原告(反訴被告)

村田利一

外六名

本訴第一事件原告渡辺計訴訟承継人(反訴被告)

渡辺さと

外三名

本訴第一事件原告鶴島一男訴訟承継人(反訴被告)

鶴島豊子

外二名

本訴第二事件原告(反訴被告)

馬込一男

外八名

本訴第二事件原告兼同事件原告松本ツ子訴訟承継人(反訴被告)

松本幸夫

外三名

本訴第二事件原告(反訴被告)

岩本菊枝

外二名

本訴第三事件原告住辰男訴訟承継人(反訴被告)

住房子

外二名

本訴第四事件原告兼同事件原告青木イマ訴訟承継人(反訴被告)

青木久夫

外八名

本訴第四事件原告(反訴被告)

三沢仲次郎

本訴原告(反訴被告)ら訴訟代理人弁護士

井上壽男

野田房嗣

本訴被告(反訴原告)

住宅・都市整備公団

右代表者総裁

牧野徹

右訴訟代理人弁護士

大橋弘利

花輪達也

奥毅

右指定代理人

福永清

外七名

主文

一  原告らの本訴請求をいずれも棄却する。

二  別紙一覧表「当事者の表示」欄記載の原告らは、被告に対し、それぞれ同一覧表「土地の表示」欄記載の各土地について、農林水産大臣に対する農地法五条による転用許可の申請手続をせよ。

三  別紙一覧表「当事者の表示」欄記載の原告らは、前項の許可があったときは、被告に対し、それぞれ同一覧表「土地の表示」欄記載の各土地について、同一覧表「売買年月日」欄記載の日における各売買を原因として、同一覧表「登記」欄記載の条件付所有権移転仮登記に基づく本登記手続をせよ。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じて原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告は、別紙一覧表「当事者の表示」欄記載の原告らに対し、「土地の表示」欄記載の各土地についてされた同一覧表「登記」欄記載の各条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一項同旨

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  (主位的請求)

主文第二、第三項同旨

(予備的請求)

別紙一覧表「当事者の表示」欄記載の原告らは、同一覧表「土地の表示」欄記載の土地が市街化区域に編入されたときは、被告に対し、それぞれ同一覧表「土地の表示」欄記載の各土地につき、同一覧表「売買年月日」欄記載の各日における売買を原因として、同一覧表「登記」欄記載の各条件付所有権移転仮登記に基づく本登記手続をせよ。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁(原告ら)

(予備的請求に対する本案前の答弁)

1 被告の予備的請求に係る訴を却下する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(本案の答弁)

1 被告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1(一)  別紙一覧表「売主」欄記載の者は、それぞれ、同一覧表「売買年月日」欄記載の当時、同一覧表「土地の表示」欄記載の各農地を所有していた(以下同一覧表「売主」欄記載の者を「本件売主」と、同一覧表「土地の表示」欄記載の各農地を「本件土地」とそれぞれ総称する。)。

(二)  本件売主のうち、氏名の前に「亡」と記載された者はその後死亡し、同一覧表「当事者の表示」欄記載の者が、相続により、それぞれ本件土地の所有権を承継した。

2  本件土地には、被告のために、それぞれに対応する別紙一覧表「登記」欄記載の条件付所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」と総称する。)がされている。

3  よって、原告らは、被告に対し、それぞれ本件土地の各所有権に基づき、本件土地についてされた本件仮登記の各抹消登記手続を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

本訴請求原因事実は全て認める。

三  本訴抗弁

1  所有権喪失―本件土地の売買及び非農地化

(一) 被告の前身である日本住宅公団(以下「住宅公団」という。)は、本件土地一帯である八王子市川口地区(以下「川口地区」という。)の開発を行う目的で、別紙一覧表「売買年月日」欄記載の日に、本件売主からそれぞれ本件土地を買い受けた(以下本件土地について同一覧表「売買年月日」欄記載の各日に締結された各売買契約を「本件契約」と総称する。)。

なお、昭和五六年一〇月一日、住宅・都市整備公団法の規定に基づいて、住宅公団が解散し被告が設立登記されて、住宅公団の一切の権利義務が被告に承継された。

(二) 本件売主ないしは原告らは、本件契約締結後間もなく本件土地の耕作を放棄した。その結果、本件土地は原野又は荒蕪地となり、非農地化した。

2  仮登記保持権原1―農地転用許可を法定条件とする売買

(一) 本訴抗弁1(一)と同じ。

(二) 本件仮登記は、本件契約に基づいてされた。

3  仮登記保持権原2―市街化区域編入を法定条件とする売買

(一) 本訴抗弁2(一)(二)と同じ。

(二) 農地法五条一項四号、同法施行規則七条一四号は、住宅公団ないしは被告については、市街化調整区域内における農地の売買契約について、目的土地が市街化区域に編入された場合には、農地法五条一項本文の適用を排除し、許可制の対象外とする旨を規定している。

したがって、仮に農地転用許可申請請求権が時効により消滅したとしても、本件土地が将来市街化区域に編入されれば、条件が成就し、被告は本件仮登記に基づく本登記手続請求権を取得するから、本件仮登記の登記原因である条件付売買契約の条件はいまだその不成就が確定しておらず本件登記原因はなお有効に存在している。

よって、市街化区域編入という法定条件の成就により将来取得しうべき所有権(条件付所有権)を保全するために、本件仮登記を維持しておく法的利益又は必要性が存する。

4  仮登記保持権原3―市街化区域編入を約定条件とする売買

(一) 住宅公団は、川口地区の開発を行う目的で、別紙一覧表「売買年月日」欄記載の日に、本件売主から、本件土地が市街化区域に編入されることを条件として、それぞれ本件土地を買い受けた。

(二) 本件仮登記は、右(一)の契約に基づいてされた。

(三) よって、市街化区域編入という約定条件の成就により将来取得しうべき所有権(条件付所有権)を保全するために、本件仮登記を維持しておく法的利益又は必要性がある。

四  本訴抗弁に対する認否

1  本訴抗弁1(所有権喪失―本件土地の売買及び非農地化)について

(一) 本訴抗弁1(一)の事実は認める。

(二) 同1(二)の事実は否認する。原告らは本件土地を休耕しているにすぎない。本件土地を農地に復元することは可能であり、現に原告河野忠夫の所有地を対象地として作業を行ったところ、容易に農地に復元することができた。

2  本訴抗弁2(仮登記保持権原1―農地転用許可を法定条件とする売買)の事実は全て認める。

3  本訴抗弁3(仮登記保持権原2―市街化区域編入を法定条件とする売買)の事実は全て認めるが、法的主張は争う。

農地法五条一項四号、同施行規則七条一四号の「公団が市街化区域内にある農地の権利を取得する場合」(同法五条一項三号の市街化区域内の農地も同じ。)は、売買契約時にすでに市街化区域にある農地について知事の許可を要しないという例外的取扱を認めたものにすぎない。したがって、市街化調整区域内の農地を取得し、後に右農地が市街化区域に編入された場合にまで、知事の許可を不要と解することはできない。

4  本訴抗弁4(仮登記保持権原3―市街化区域編入を約定条件とする売買)について

(一) 同4(一)の事実のうち、市街化区域編入を条件としたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

(二) 同4(二)の事実は否認する。

(三) 同4(三)の法的主張は争う。前記3のとおりである。

五  本訴再抗弁

1  非農地化前の許可申請協力請求権の時効消滅による本件契約の失効(本訴抗弁1に対し)

(一) 本件契約の成立日から起算して、それぞれ一〇年が経過した。

(二) 本件売主ないしは原告らは、本件土地が非農地化する前に、被告に対し、許可申請協力請求権につき右時効を援用する旨の意思表示をした。

2  許可申請協力請求権の時効消滅による本件契約の失効(本訴抗弁2及び3に対し)

(一) 本訴再抗弁1(一)と同じ。

(二) 本件売主ないしは原告らは、被告に対し、許可申請協力請求権につき右時効を援用する旨の意思表示をした。

(三) (本訴抗弁3に対する再抗弁となる理由)

仮に、市街化調整区域内にある農地の権利を取得した後に右農地が市街化区域に編入された場合と、市街化区域内にある農地の権利を取得する場合とを同じに扱うことができるとしても、市街化区域への編入によって知事の農地転用許可が不要になるためには、許可申請協力請求権の消滅時効完成前又は消滅時効完成後援用前に右農地が市街化区域に編入されることが必要であると解すべきである。

3  解除(本訴抗弁1ないし4に対し)

(一) 本件売主と住宅公団は、本件契約第一〇条において、本件契約後相当期間内に本件土地につき農地転用許可が得られないときは、本件契約は当然に解除される旨の合意をした。

(二) 本件土地については、本件契約後二〇年以上を経過した現在においてもなお農地転用の許可が得られておらず、右相当期間が経過したことは明らかである。

六  本訴再抗弁に対する認否

1  本訴再抗弁1(非農地化前の許可申請協力請求権の時効消滅による本件契約の失効)について

本訴再抗弁1(二)の事実のうち、本件売主ないしは原告らが、被告に対し、時効を援用する旨の意思表示をした事実は認め、その余の事実は否認する。時効の援用の時期は、本件土地の非農地化前ではない。

2  本訴再抗弁2(許可申請協力請求権の時効消滅による本件契約の失効)について

(一) 同2(二)の事実は認める。

(二) 同2(三)の法的主張は争う。農地法施行規則七条一四号は、被告の公共的性格及び事業の公共性等に鑑み、農地法五条一項の適用を排除して許可制の対象外とした規定であり、市街化区域編入前に知事の許可を受けられたかどうか、農地転用許可申請協力請求権が既に時効期間を経過していたかどうかを問うものではない。

3  本訴再抗弁3(解除)について

(一) 同3(一)の事実は否認する。

本件契約第一〇条は、農地法五条の許可申請をしたが不許可となった場合を想定した規定である。

(二) 同3(二)の事実のうち、本件土地について、現在まで農地転用許可がなされていないことは認め、その余の事実は否認する。

七  本訴再々抗弁

1  時効期間の不進行―権利行使についての当事者の合意(本訴再抗弁1、2に対し)

本件売主と住宅公団は、本件契約を締結するに際し、農地法五条による許可申請の時期は、住宅公団が当該申請をする必要があると認めたときとする旨の合意をした。

2  時効期間の不進行―権利行使についての法律上の障害(本訴再抗弁1、2に対し)

仮に、本訴再々抗弁1の合意が認められないとしても、住宅公団及び被告は、関係地方公共団体との間で意見調整ができない限り、現実には開発行為に着手できず(旧日本住宅公団法三四条、住宅・都市整備公団法三三条等)、農地の転用許可も得られない(同時申請、同時許可の原則)。

したがって、開発行為について八王子市との意見調整ができるまでは、本件土地の農地転用許可申請について法律上の障害が存するというべきである。

3  時効の中断(債務の承認)又は時効利益の放棄(本訴再抗弁1、2に対し)

原告らは、住宅公団に対し、本件土地の固定資産税の支払を要求し、住宅公団及び被告は、これに応じて、昭和四九年度分から昭和五七年度分まで固定資産税相当額を支払った(昭和五七年度分については、昭和五八年一〇月二八日ないし同月三一日に支払った。)。

原告らは、各年度の固定資産税相当額の金員を受領することにより、本件土地につき農地転用許可申請に協力すべき義務の存在を承認し、又は、右請求権についての時効利益を放棄したというべきである。

4  時効援用権の濫用(本訴再抗弁1、2に対し)

次のような事実の下では、原告らが消滅時効を援用することは、信義則に反し、権利濫用として許されない。

(一) 住宅公団は、昭和三〇年七月、住宅不足の著しい地域において住宅に困窮する勤労者のために集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うとともに土地区画整理事業を実施する機関として設立され、住宅難の緩和に大きく貢献するとともに良好な居住性能及び居住環境を有する集団住宅の建設、健全な市街地の形成等を先導してきたが、その住宅公団と宅地開発公団とを統合し、今後の住宅・都市政策において総合的に居住環境づくりをする観点から、住宅・宅地の供給と都市の整備を総合的、一体的に推進するために、昭和五六年一〇月一日、被告が設立された。住宅公団及び被告は、このように国民生活の安定と福祉の増進に寄与することを目的とする公団である。

(二) 本件売主ないしは原告らは、川口地区が市街地として開発されることを企図して開発推進団体として八王子西部地域開発委員会(以下「開発委員会」という。)を結成し、住宅公団による開発を目指して、住宅公団に本件土地の買入の陳情活動を行い、その結果本件契約がされたのであり、本件売主ないしは原告らは、本件土地を利用して農業を営むことを放棄し、生業の全面的転換を意図していたというべきである。

(三) 本件売主は、本件契約後直ちに、住宅公団に対し、本件土地の所有権を実質的に移転した上、本件契約に基づく売買代金全額の支払を求め、住宅公団からその支払を受けた。

また、本件売主ないしは原告らは、本件土地が実質上住宅公団の所有に帰したとの認識のもと、住宅公団に対し、固定資産税相当額の支払を要求し、住宅公団及び被告は昭和五七年度分までこれを支払った。原告らは、被告による昭和五八年度以降の固定資産税相当額の支払申出を拒否しているが、被告には直ちに支払う用意がある。現に、請求してきた一部の原告に対しては、固定資産税相当額を支払っている。

さらに、原告らは、本件土地を住宅公団に引き渡し、耕作等を放棄した。住宅公団及び被告は、現在まで多大の費用を支出して、自己の所有地と同等の注意をもって本件土地の管理を継続してきた。

(四) 住宅公団及び被告は、川口地区開発のため、八王子市、東京都等関係機関と協議しつつ、開発計画の作成、市街化区域への編入等を促進するための努力を続けてきた。

また、住宅公団及び被告は、開発を実行するために、本件土地について昭和五〇年から現在までに調査、研究を実施し、その回数は主なものだけでも二十数回に及んだ。住宅公団及び被告は、これらの成果を主として八王子市に提供し、事業化促進に寄与してきた。

その結果、川口地区は、昭和六二年三月には八王子市作成に係る「八王子市都市整備基本計画書」に基づきハイテク産業研究所団地として土地区画整備事業により整備されることとされ、平成元年四月には八王子市議会議決に係る「八王子市21プラン基本構想・基本計画」に基づき先端技術産業・研究開発機能の集積を図るための基盤作りを土地区画整理方式により促進し、都市型産業機能を導入するためのリサーチパークの建設を促進し、研究開発機能や先端技術産業の立地誘導を図ることとされたが、更に平成二年三月には東京都知事により八王子市都市計画決定が告示され、川口地区が市街化区域に編入されることが確実となった。

このように、住宅公団及び被告は、原告らの希望でもあった市街化区域への指定変更と市街地としての開発に向けて最善の努力を重ねてきたのであり、その努力の結果、目標達成寸前のところまで到達している。

原告らは、開発委員会を通じて、右の経過を熟知している。

なお、その後、平成五年六月川口地区内に国内稀少野生動植物種に指定されているオオタカの営巣が確認されたため、一旦環境影響評価手続が中断されたが、平成六年に八王子市により「八王子市21プラン第2次基本計画」が策定され、その計画において川口地区のリサーチパークの建設事業を促進することが示され、一層の事業促進が謳われており、近々環境影響評価手続が再開されることとなっており、リサーチパーク建設計画は変更なく推進されている。

(五) 仮に原告らが本件土地を取り戻したとしても、本件土地は非農地化して久しいこと、本件土地の農地としての生産性が低いこと、原告らの居住地、職業、農地の保有状況、八王子市における市街化の傾向等に照らすと、本件土地が耕作の目的に使用されることは期待できない。

したがって、仮に原告らが本件土地を取り戻したとしても、農地としての利用は継続されず、農業生産以外の目的のために供されるか、転売、賃貸等の金銭を取得する営利目的のために利用される可能性が極めて大きい。このことは、住宅公団及び被告が長年にわたり他の買収土地とともに一体として取り組んできた本件土地開発に向けての努力を無意味なものとする一方で、原告らは、住宅公団及び被告が払った有形無形の多大の犠牲のもとに、ただ市街地開発による利益のみを享受する結果となるのであって、このような結果が不当であることは明らかである。

5  解除権の濫用(本訴再抗弁3に対し)

仮に、本件売主と住宅公団との間で、本件土地について相当期間内に農地転用許可が得られないときは本件契約は当然に解除されたものとする旨の合意があったとしても、本訴再々抗弁4記載の事情に照らせば、原告らがこれを主張することは信義則に反し権利の濫用として許されない。

八  本訴再々抗弁に対する認否

1  本訴再々抗弁1(時効期間の不進行―権利行使についての当事者の合意)の事実は否認する。

2  本訴再々抗弁2(時効期間の不進行―権利行使についての法律上の障害)の事実は否認し、法的主張は争う。

関係地方公共団体との協議が成立することは、被告が開発行為に着手するための要件ではない。したがって、被告と八王子市との間で、開発行為に関する協議が成立していないとしても、農地転用許可申請について法律上の障害があるとはいえない。

3  本訴再々抗弁3(時効の中断(債務の承認)又は時効利益の放棄)の事実のうち、住宅公団及び被告が本件売主ないしは原告らに対し昭和五七年度分までの固定資産税相当額を支払った事実は認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

住宅公団及び被告は、本件売主ないしは原告らに対し、本件土地の耕作を中止させている。そうである以上、被告が本件土地の固定資産税を負担するのはいわば当然である。したがって、本件売主ないしは原告らが、各年度の固定資産税相当額の金員を受領したことをもって、本件土地につき農地転用許可申請協力に応ずべき義務の存在を承認したり、右請求権についての時効利益を放棄したということはできない。

4  本訴再々抗弁4(時効援用権の濫用)の事実のうち、住宅公団が、本件売主ないしは原告らに対し、売買代金相当額を「保証料」として支払った事実、住宅公団及び被告が、本件売主ないしは原告らに対し、昭和五七年までの固定資産税相当額を支払った事実、並びに、本件土地が、本件売主ないしは原告らから住宅公団に引き渡された事実は認め、その余の事実は否認し、法的主張は争う。

次のような事実をも考慮に入れれば、原告らが消滅時効を援用することが権利の濫用に当たるということはできない。

(一) 住宅公団は、本件契約の締結に先立ち、本件売主ないしは原告らに対し、本件契約締結後三年以内に、本件土地上に住宅団地を建設する工事を開始する、したがって、農地の耕作は本件売主ないしは原告らが現在作付けしている作物の収穫までとし、それ以後は耕作をしないでもらいたい旨の説明を行った。

本件売主ないしは原告らが、売買代金相当額全額を「保証金」として受領したのは、農地法五条の許可の取得には多年を要しないとの住宅公団の説明があったためである。

ところが、住宅公団による住宅団地の開発計画は、八王子市の賛成が得られないために挫折し、被告に承継された後も、昭和六一年頃までは具体的な開発の方向付けはなかった。同年頃からようやく研究所団地として開発する方向で検討されたものの、その後は、本件売主ないしは原告らに相談もなく、むしろそれらの強い反対にもかかわらず「リサーチパーク構想」を推進しつつある。その構想により開発される土地の購入希望者は一旦十数社に達したものの、撤回されて現在皆無であり、建設計画は全く進んでいない。

(二) 住宅公団は、昭和五〇年の初め頃、本件売主ないしは原告らに対し、本件土地の耕作を中止させ、本件土地全体を囲む形の柵を設置した。本件売主ないしは原告らが住宅公団の右看守行為を受け入れたのは、住宅公団の前記説明により、近々本件土地の所有権移転があると信じ、速やかな造成工事の着手を妨げないようにする必要があると考えたからにほかならない。

(三) 本件土地について、所有権移転登記がなされていない以上、公租公課は法律上当然に本件売主ないしは原告らに対して課せられる。本件売主ないしは原告らは、三年以内に住宅団地建設に着手するとの被告の説明を信じて耕作を中止したが、開発計画の進行が遅れ、公租公課だけを負担していくことは耐えられないと考え、その実質的負担を開発委員会を通じて住宅公団に求めたにすぎない。しかも、原告らが受領した固定資産税相当額は昭和五七年度分までにすぎない。

5  本訴再々抗弁5(解除権の濫用)の法的主張は争う。

九  反訴請求原因

1  住宅公団は、川口地区の開発を行う目的で、別紙一覧表「売買年月日」欄記載の日に、本件売主のうち同一覧表「売主」欄記載の者からそれぞれ同一覧表「土地の表示」欄記載の本件土地を買い受けた。

2  本件契約は、それぞれ農地法五条による転用許可又は本件土地の市街化区域編入が条件となっており、本件売主はいずれも住宅公団とともに農地法五条による許可申請手続をすべきこととされていた。

3  本件仮登記は、いずれも本件契約に基づいてなされた。

4  原告らは、いずれも本件土地の転用許可申請手続をせず、その所有権移転登記手続に協力しない。したがって、将来、本件土地について転用許可がなされた場合又は本件土地が市街化区域に編入された場合、原告らが、任意に本件仮登記に基づく本登記手続に協力しないおそれが大きい。

5  よって、被告は、原告らに対し、本件契約に基づき、それぞれの原告に対応する本件土地についての転用許可の申請手続を求めるとともに、主位的に、右許可がなされた場合の本件仮登記に基づく本登記手続、予備的に、本件土地が市街化区域に編入された場合の本件仮登記に基づく本登記手続を求める。

一〇  原告らの本案前の主張(予備的請求に係る訴えについて)

被告には本件土地が市街化区域に編入された場合に備えてあらかじめ将来の本登記手続を請求する必要性がなく、訴えの利益がない。

一一  原告らの本案前の主張に対する被告の答弁

原告らの本案前の主張は争う。

一二  反訴請求原因に対する認否

1  反訴請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件土地の市街化区域編入が条件となっていたとの点は否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認めるが、法的主張は争う。

一三  反訴抗弁

1  許可申請協力請求権の時効消滅による本件契約の失効

本訴再抗弁2と同じ。

2  解除

本訴再抗弁3と同じ。

一四  反訴抗弁に対する認否

1  反訴抗弁1(許可申請協力請求権の時効消滅による本件契約の失効)に対する認否は本訴再抗弁に対する認否2と同じ。

2  反訴抗弁2(解除)に対する認否は本訴再抗弁に対する認否3と同じ。

一五  反訴再抗弁

1  時効期間の不進行―権利行使についての当事者の合意(反訴抗弁1に対し)

本訴再々抗弁1と同じ。

2  時効期間の不進行―権利行使についての法律上の障害(反訴抗弁1に対し)

本訴再々抗弁2と同じ。

3  時効の中断(債務の承認)又は時効利益の放棄(反訴抗弁1に対し)

本訴再々抗弁3と同じ。

4  時効援用権の濫用(反訴抗弁1に対し)

本訴再々抗弁4と同じ。

5  解除権の濫用(反訴抗弁2に対し)

本訴再々抗弁5と同じ。

一六  反訴再抗弁に対する認否

1  反訴再抗弁1(時効期間の不進行―権利行使についての当事者の合意)に対する認否は、本訴再々抗弁に対する認否1と同じ。

2  反訴再抗弁2(時効期間の不進行―権利行使についての法律上の障害)に対する認否は、本訴再々抗弁に対する認否2と同じ。

3  反訴再抗弁3(時効の中断(債務の承認)又は時効利益の放棄)に対する認否は、本訴再々抗弁に対する認否3と同じ。

4  反訴再抗弁4(時効援用権の濫用)に対する認否は、本訴再々抗弁に対する認否4と同じ。

5  反訴再抗弁5(解除権の濫用)に対する認否は、本訴再々抗弁に対する認否5と同じ。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、この記載を引用する。

理由

第一  本訴

一  本訴請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  本訴抗弁2(仮登記保持権原1―農地転用許可を法定条件とする売買)の事実は、すべて当事者間に争いがない。

三  本訴再抗弁2(許可申請協力請求権の時効消滅による本件契約の無効)について

1  本訴再抗弁2(一)の事実は、当裁判所に顕著である。

2  同2(二)の事実は、当事者間に争いがない。

四  本訴再々抗弁4(時効援用権の濫用)について

1  時効期間の不進行、時効の中断及び時効利益の放棄の主張に関する判断をしばらく措いて、まず時効援用権の濫用の主張について検討する。

前記当事者間に争いのない事実、証拠(甲第一三号証、第三八ないし第四二号証、第四四号証(ただし、第三八ないし第四二号証、第四四号証のうち後記採用しない部分を除く。)、乙第二、第三号証、第五、第六号証、第八ないし第一四号証、第一六号証の一ないし九、第一七号証の一ないし一二、第一八号証の一ないし四、第二〇号証、第二八号証、第三一号証(ただし、後記採用しない部分を除く。)、第三二ないし第四〇号証)に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、甲第三八ないし第四二号証、第四四号証、乙第三一号証のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、いずれも採用できない。

(一) 住宅公団担当者による大規模集合住宅団地建設計画と開発委員会の結成

住宅公団は、旧日本住宅公団法(昭和三〇年法律第五三号)に基づいて設立された公的な特別法人であり、「住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うとともに、健全な市街地に造成し、又は再開発するために土地区画整理事業等を行うことにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的」としており(同法一条)、その目的を達成するために、住宅の建設、住宅の用に供する宅地の造成、土地区画整理事業の施行等の業務を行うこととされていた(同法三一条)。

その住宅公団の東京支社(以下では単に「住宅公団」という。)の内部では、昭和四三年末ころ、川口地区に大規模集合住宅団地を建設する計画が持ち上がり、昭和四四年初めころ以降、土地売買の斡旋業者である株式会社三山商会(代表取締役武田昌博。以下「三山商会」という。)を通じて、地主に対する土地売却の働きかけが開始された。

住宅公団の担当者と三山商会は、非公式に右計画についての説明会等を実施し、地主に対し、大規模集合住宅団地の建設により、道路その他の交通施設、公共施設等が拡充されるほか、周辺土地が値上がりするなどの開発利益が期待できることを説明した。

川口地区の地主の中にも開発に積極的であった者らがあり、それらの地主有志を中心として、昭和四四年九月五日ころ、山田英一(以下「山田」という。)を会長として、住宅公団との折衝及び地主の意見の内部調整を行い右開発計画を促進するための組織として、八王子西部地域開発委員会(以下においても「開発委員会」という。)が結成された。

(二) 住宅公団の担当者、三山商会及び開発委員会による川口地区開発に向けた活動等

住宅公団の担当者は、三山商会を通して、地主らから「土地売渡承諾書」を集める作業に入ったが、地主の中には、前記の開発利益が速やかに実現されることに疑問を投げかける者もあり、先祖伝来の土地を手放すことに難色を示す者も多く、その作業は必ずしも円滑には進まなかった。

ところで、当時、川口地区には用途地域の指定(線引き)がなされていなかったため、開発委員会は、住宅公団担当者及び三山商会の助言指導のもと、昭和四四年九月一七日、八王子市に対し、川口地区の開発を円滑に進めるため、同地区を市街化区域に指定してほしい旨の陳情書を提出した。

しかし、八王子市は、当時まだ地主らからほとんど「土地売渡承諾書」が取り集められていなかったことなどもあって、昭和四五年一二月、都市計画法により川口地区一帯を市街化調整区域に指定した。日本住宅公団法三四条及び住宅・都市整備公団法三三条では、住宅の建設又は宅地の造成について地方公共団体の長の意見を聞くこととされており、地方公共団体との協議が成立しない限り、事実上開発に着手することはできないため(同時申請、同時許可の原則。「開発許可等と農地転用許可との調整に関する覚書」(昭和四四年一〇月二一日四四農地B第三一七七号建設省計宅開発第一〇三号農林省農地局長、建設省計画局長)参照)、住宅公団が直ちに農地法五条の転用許可申請をしても、その許可を受けることは事実上極めて困難な情勢となってしまった。

そのため、住宅公団の担当者は、今後八王子市と協議を行って川口地区を市街化区域に編入してもらえるよう努力することとし、三山商会、開発委員会と一体となって、地主らから「土地売渡承諾書」を徴収するよう努力した。その結果、昭和四六年中頃までには九割を超える地主から「土地売渡承諾書」を集めることができた(残る地主からも口頭で売却の承諾を得ており、昭和四七年ころには全員の地主から「土地売渡承諾書」を取り付けることができた。)。もっとも、地主らは、他の地区において土地の買上げがされながら開発が進行しない例があったことを伝え聞いていたことから、開発遅滞の事態があり得ることを予想して懸念を抱いていた。

そこで、開発委員会は、昭和四六年、三山商会の指導のもと、改めて八王子市に対し、住宅公団による地域開発に協力を求める旨の要望書を提出した(乙第一〇号証)。右要望書では、地主らが所有する土地のほとんどが山林で利用度の低い土地であること、林業そのものが人件費の値上がりで事業として成り立たない状況であること、そのため地主らは離農する方向での対策を確立しなければならないことが述べられている。

しかし、八王子市は、市街化調整区域内では宅地造成等の開発を認めないという基本方針を堅持していた。

(三) 本件契約の締結、本件仮登記の経由及び「保証金」の支払

住宅公団は、昭和四八年一〇月一七日から昭和五〇年一一月二九日までの間に、本件売主から農地法五条の許可を条件として明示して農地である本件土地を買い受け、所有権移転登記請求権の順位を保全するため、本件契約に基づき、それぞれ本件仮登記を経由した。

住宅公団は、本件契約締結後直ちに「保証金」という名目で、売買代金全額を本件売主ないしは原告らに支払った。

(四) 住宅公団への本件土地の占有移転

本件売主ないしは原告らは、昭和五〇年の初めころには、住宅公団との合意に基づき本件土地の耕作を放棄した。住宅公団は、これを受けて、同年夏ころまでに、本件土地全体を取り囲む柵を設置した。それ以後、住宅公団及び被告は、本件土地について除草や見回り等の管理を行ってきた。住宅公団及び公団がこれまでに本件土地を含む買受地の管理のために支出した費用は、測量費を含めて約三億円に達している。

(五) 住宅公団及び被告による本件土地の固定資産税相当額の支払

開発委員会は、住宅公団に対し、昭和五〇年五月二二日付申請書(乙第二号証)及び昭和五一年六月二三日付要望書(乙第三号証)を提出し、本件土地についてはいまだ農地転用が完了していないが、すでに本件仮登記を経由したのであるから、当方の取引慣習に従い、本件土地の実質的な所有者として昭和五〇年度以後の固定資産税を支払ってほしいとの要望を行った。

住宅公団は、これに応じ、本件売主ないしは原告らに対し、昭和四九年度から昭和五七年度までの固定資産税相当額を支払った。

被告は、昭和五八年度以降の固定資産税についても引き続き支払う意思があり、平成二年七月一七日付「仮登記付農地の固定資産税の支払いについて」と題する書面(乙第八号証)に、各年度別の税額、被告からの送金先及び請求者の住所氏名を記入できる請求書を添付して本件売主ないしは原告らに送付した。その結果、原告秋山保男、同原島末吉、同松本保良、同水島淳二、同村上竹雄、同村田順造、同村田徳満、同秋山安喜、同松本清、同三沢仲次郎、同松本フサノ及び同青木久夫から請求書の送付を受けたので、被告は請求額である固定資産税相当額を右の各原告に送金した。

(六) 住宅公団及び被告の川口地区開発に向けた取組

(1) 住宅公団は、昭和五〇年七月、東京都及び八王子市の協力を得て、「八王子市都市整備基本構想調査(昭和五〇年七月)」(乙第三二号証)を実施し、昭和五二年にはさらにこれを一歩前進させた「八王子地域開発整備計画調査(昭和五三年一月)」(乙第三三号証)を実施した。

(2) 昭和五三年六月、八王子市は、昭和四八年度に策定した「八王子長期開発計画」の中で基本施策にしていた「人口抑制」を「計画的に人口を導入する」に転換する方策を打ち出し、同年六月一二日には「八王子市長期開発計画審議会」を発足させた。

八王子市は、昭和五四年に「八王子市基本構想 八王子市基本計画(昭和五四〜五八年度)」(乙第三四号証)を発表した。川口地区を含むエリアについては、周縁丘陵部ゾーンとして、「現状凍結型でなく、むしろ自然の有効な利用を目的とした保全計画が必要であり、保全にあたっては、大学或いは研究所等と一体化したゾーンを形成し、併せて市街化調整区域における既存集落の生活環境の向上をはかる。」と謳われていた。しかし、短期間のうちに市街化区域への編入が見込まれるまでには至っていなかった。

(3) 昭和五六年一月には、住宅公団は八王子市川口地区に企業の研究団地をつくることとし、来年中にも着工する構えであると報道された。

その後、住宅公団は、昭和五六年一〇月一日、住宅・都市整備公団法(昭和五六年法律第四八号)附則六条一項により解散し、同日同法に基づいて被告が設立され、住宅公団の一切の権利義務を承継した。被告は、「住宅事情の改善を特に必要とする大都市地域その他の都市地域において健康で文化的な生活を営むに足りる良好な居住性能及び居住環境を有する集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うとともに、当該地域において健全な市街地に造成し、又は再開発するために市街地開発事業等を行い、並びに都市環境の改善の効果の大きい根幹的な都市公園の整備を行うこと等により、国民生活の安定と福祉の増進に寄与することを目的と」して(同法一条)設立された。

被告は、引き続いて八王子市との連絡協議を進め、八王子市議会などでも川口地区開発が活発に議論されるようになった。この段階で八王子市が示していた基本的姿勢は、土地区画整理事業により開発するというものであった。

(4) 昭和五八年に入ると、首都圏中央連絡道路(以下「圏央道」という。)計画が現実化し、首都圏域における住宅、宅地需要が増大したことなどから、八王子市北西部地域での土地利用計画を策定する必要性が高まった。しかし八王子市が川口地区のみならず市北西部一帯の開発を目指していたため、被告も川口地区のみに拘泥せずに、広域的に土地区画整理事業を実施する必要があると判断した。

この頃、開発委員会と地主らは、昭和五八年一二月二四日、被告に対し、本件契約以降の開発計画実施内容と今後の進行予定について問い合わせを行った(乙第一一号証)。被告は、昭和五九年一月二六日、開発委員会会長である山田の自宅を訪問して口頭で説明した上、改めて、同年四月一三日付「八王子市川口地区に係る御照会について(回答)」(乙第一二号証)により、住宅公団及び被告は、八王子市との間で、川口地区の開発に係る基本的合意を得るための協議を重ねてきたこと、昭和五六年には、川口地区を住宅団地ではなく研究所団地として開発したい旨八王子市に提案したこと、川口地区の開発は、八王子市北西部地域の広域的な開発整備計画と関連して議論されるべきものであることから同地域での川口地区の位置付けを明確にするにはなおある程度の日時を要すること、及び、被告は早期に川口地区の開発の見通しを得るため今後とも八王子市をはじめとする関係機関との間の調整を図っていきたいことを説明した。

(5) 八王子市は、昭和五九年六月、「八王子市基本構想 八王子市基本計画(昭和五九〜六三年度)」(乙第三五号証)を策定し、その土地利用計画の中で、川口地区を含む周縁丘陵部ゾーンを、「周辺市街地を取り囲む丘陵地にあたる地域で、多くの大学が立地し、今後も大規模な開発が見込まれる地域である。この地域は、自然に恵まれているが、ここにおける環境保全は現状凍結型のものではなく、むしろ自然の有効利用が図られるように計画的な整備に努め、既存集落や農業基盤の整備と相まって良好な生活環境を整えていく地域である」と位置づけた。また、その中で、八王子市全体の工業振興を図るため、「地域環境の悪化をもたらさないように配慮しながら先端技術産業の誘致を図る」との方針が示された。

そして、同年一一月には、圏央道のルートと、川口地区近くにインターチェンジが設けられることが発表された。

同年八月、八王子市において「新八王子都市計画策定調査委員会」が発足したが、被告は、これを受けて、同年九月、川口地区事業化基本構想策定に関する調査を実施し、その結果を「川口地区事業化基本構想策定に関する調査(昭和六〇年五月)」(乙第三六号証の一)、「川口地区事業化基本構想策定に関する調査 事業化検討編(昭和六〇年五月)」(乙第三六号証の二)にまとめた。

(6) 昭和六一年三月には、八王子市の新八王子都市計画策定調査委員会から最終報告書が提出されたが、その報告の中で、川口地区は、「圏央道整備効果の活用と計画開発への熟度を評価してハイテク産業ゾーンの形成を先導する早期の整備対象」として位置づけられた。

(7) 昭和六二年三月、八王子市は「八王子市都市整備基本計画書」を作成した。この中では、川口地区の整備方針及び事業化方針について、具体的に「ハイテク産業・研究所団地整備」、「事業化促進」の項目を起こして、被告所有地を中心とする丘陵地においてハイテク産業・研究所団地を整備し、迅速な事業化を図ることが記載された。

(8) 八王子市は、平成元年四月、「八王子21プラン みどり豊かな自立都市をめざして 基本構想・基本計画(平成元年四月)」(乙第三七号証)を策定し、八王子市議会の議決を得た。

この計画の中で、「川口地区では、先端技術産業・研究開発機能の集積を図るための基盤づくりを土地区画整理方式により促進する」、「川口地区内の未利用公有地に、緑地環境との調和を図りながら、都市型産業機能を導入するためのリサーチパークの建設を促進し、研究開発機能や先端技術産業の立地・誘導を図る」と定められた。

被告は、この方針に沿って関係機関との調整作業を進めた結果、平成元年一一月及び一二月、八王子市都市計画審議会と東京都都市計画地方審議会において、川口地区をいわゆる「特定保留フレーム」(計画的な市街地整備の見通しが明らかになった時点で随時市街化区域に編入される区域)に位置づけることが、それぞれ承認された。

(9) 東京都知事は、平成二年三月九日、東京都都市計画地方審議会の審議を経た「八王子都市計画」を決定し、その内容を告示した(乙第五号証)。それによると、川口地区については、首都圏中央連絡道路の整備と合わせてハイテク産業・研究所団地として周辺地域との整合を図りつつ事業の実施が確実になった段階で市街化区域に編入するものとされている。

(10) 被告は、川口地区の事業化に向けて、平成四年六月及び同年一〇月に都市計画案及び環境影響評価書案について地元等説明会を実施し、その後、両案の公告、公示及び縦覧の手続を経て、平成五年一月には同評価書案についての公聴会を開催し、同年七月から八月にかけて同評価書案に係る見解書の告示、縦覧及び地元等説明会を実施した。

この間、平成五年六月に川口地区内において、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(平成五年四月施行)」により国内希少野生動植物種に指定されている「オオタカ」の営巣が確認されたことから、環境影響評価手続を中断し、同年八月に、オオタカの生態行動調査を行い、保全策について検討し、その後に環境影響評価手続を再開する旨の文書(乙第三八号証)を東京都に提出した。

(11) 平成五年一〇月にオオタカ生態調査検討会が発足し、平成六年一一月、オオタカ生態調査結果を東京都に報告し、記者発表を行い、平成七年二月には、八王子市建設委員会に対して、オオタカ生態調査検討会の結果報告を行った。

被告は、この生態調査の結果を踏まえて、オオタカの保全対策の検討に着手した。

(12) 一方、八王子市は、平成六年に「八王子21プラン みどり豊かな自立都市をめざして 第2次基本計画(平成六年四月)」(乙第三九号証)を策定したが、その計画においては、川口地区について「地域経済の活性化をはかるため、緑地環境の保全と活用に配慮しながら川口リサーチパークの建設事業を促進」する、とより一層の事業の促進が謳われた。

(13) その後、環境保全に係る東京都の指導(平成七年一〇月、東京都環境保全局発、全体土工量の制限等丘陵地における適正開発のための指導指針の遵守)、「東京都環境影響評価技術指針」の改正に伴う追加調査(平成八年八月、現況調査データの更新、水文環境調査の追加を求められ、平成九年一月に各評価項目の現況調査の更新、追加調査内容について了解を得、平成九年三月に環境アセスメント水文環境等現況補足調査(乙第四〇号証)を開始し、平成一〇年三月に完了した。)等を踏まえ、同年七月現在では、環境影響評価手続再開に向けた準備を行っている。

2 右認定事実によれば、①住宅公団及び被告は、いずれも健全な市街地造成等を行うことなどにより国民生活の安定と福祉の増進に寄与するという専ら公益を達成することを目的として設立された公的な特別法人であり、住宅公団による本件契約もその業務の一環としてされたこと、②本件契約は、元々農地法五条の農地転用を条件とすることを明示した売買であるところ、八王子市が川口地区を市街化調整区域に指定し、同地区内における宅地造成等の開発を認めない方針を堅持したことから、住宅公団と八王子市との協議、調整等が難航し、農地転用許可を受けるために事実上不可欠である八王子市との協議成立までに相当の期間を要することが予想されたこと、③本件売主は、開発委員会を通じてこうした経過を熟知していたにもかかわらず、川口地区の開発に対する強い期待のもと、住宅公団に対し本件土地を売り渡したこと、④本件売主ないしは原告らは、本件契約後直ちに「保証金」の名目で代金それも全額を受領したこと、⑤本件売主ないしは原告らは、本件土地で農業を営むことを放棄する意思で、その耕作を取りやめ、本件土地を住宅公団に引き渡して、その管理を委ねたのに対し、住宅公団及び被告は相当の経済的出捐をして本件土地を管理してきたこと、⑥本件売主ないしは原告らは、本件仮登記が経由された以上、自らの地域の取引慣行に従い、本件土地の実質的な所有者は住宅公団であるとの認識を有していたこと、⑦本件売主ないしは原告らは、そのような認識に基づいて住宅公団に固定資産税の支払を要求し、昭和五七年度分まで、住宅公団及び被告から固定資産税相当額全額の支払を受け、被告はそれ以降もその要求に従う用意があり、現に請求をした原告らには支払をしたこと、⑧住宅公団及び被告は、川口地区の開発計画を実現するため、東京都や八王子市に対し、地域開発に関する諸方策等を提案するとともに、地域開発に必要な条件整備に資するため各種の調査等を実施するなど、それなりに積極的な働きかけを続けてきており、本件契約締結後、許可申請手続を漫然と怠っていたものではないこと、⑨住宅公団及び被告による努力の結果、川口地区の開発計画が次第に実現の可能性を帯びるようになり、本件土地が市街化区域に編入される日もそれなりに近付きつつあると評価し得ること(甲第四四号証によってこの認定を妨げるには足りない。)が明らかである。

これらの認定によれば、原告らは、これまでに本件契約に基づき、住宅公団から本件土地の代金全額の支払を受け終わって本件仮登記を経由し、他方で、農地売買に関する地域の取引慣行に根差した認識に従い、耕作を放棄して住宅公団に対し本件土地を引き渡してその占有を失った上、公租公課の支払の負担を住宅公団及び被告に任せてきたのであり、法律上本件契約に基づいて当事者が履行すべき行為は、原告らによる農地転用許可申請手続と所有権移転本登記手続とを除けば、事実として既に実現ずみであるということができる。その状態で原告らが農地転用許可申請協力請求権について消滅時効を援用して実質的に本件土地の取戻を図ろうとすることは、住宅公団及び被告がその設立根拠の法律に定められた目的に従い公益の観点から長年にわたって取り組んできた川口地区開発に向けての努力の結果を対価なくして公的特別法人である被告から奪おうとすることに帰し、その上、将来現実に本件土地付近が市街地として開発されたときは、原告らが、住宅公団及び被告が払った多大な犠牲のもとに、市街地開発による更なる利益を享受し得るという著しく不当な結果を招くことになる。

したがって、原告らによる消滅時効の援用は援用権の濫用にあたるものとして許されないというべきである。

3  もっとも、原告らは、住宅公団が本件契約の締結に先立ち、本件売主ないしは原告らに対し、本件契約締結後三年以内に本件土地上に住宅団地を建設する工事を開始すると説明したと主張し、本件売主ないしは原告らが本件土地の耕作を中止してその管理を住宅公団に委ね、住宅公団から「保証金」名下の金員を受領し、住宅公団に対し固定資産税相当額の負担を求めたのは、いずれもそのような説明を前提とするものであると主張し、甲第三八ないし第四二号証にもこれに沿った供述記載がある。

しかし、前記認定のとおり、本件売主ないしは原告らは、本件契約締結時において、川口地区の開発計画にある程度の期間を要する見込みであることを知っていたと認めるほかなく、昭和五六年一月の段階で、住宅公団が川口地区に企業の研究団地を建設する計画を有していることが報道されたにもかかわらず、本件売主ないしは原告らがこの計画変更に対し直ちに異を唱えたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの前記主張及び甲第三八ないし第四二号証中の前記供述記載は、到底採用することができない。

五  本訴再抗弁3(解除)について

本件契約第一〇条は、同契約第三条の規定による農地転用許可申請に対する許可が得られないときは、本件契約は解除されたものとする旨定めている(甲第一三号証)。原告らは、右の第一〇条について、本件契約後相当期間内に本件土地につき農地転用許可が得られないときは、本件契約は当然に解除される旨の規定であると主張する。

しかしながら、同条は、本件売主及び住宅公団が、本件契約締結後、直ちに本件土地について農地転用許可申請をすることを定めている本件契約第三条を前提とし、これを受けて定められた規定であることが、文言上明らかである。ところで、前記四の1、2における認定によれば、市街化調整区域に指定された川口地区の開発のためには、八王子市等関係機関との意見調整等が不可欠であり、それに相当の日数を要することが当初から予見されたこと、このような事情を本件売主及び住宅公団ともに本件契約当時熟知していたことが明らかである。したがって、本件売主及び住宅公団は、本件契約第三条において、本件契約後八王子市等関係機関との協議が成立するなど農地転用許可申請が現実に可能となった場合に、直ちに右許可申請をしなければならないことを合意したと認められる。

そうすると、仮に第一〇条を相当期間内に農地転用許可が得られないときは契約は当然に解除されたものとする旨の合意であると解することができるとしても、右相当期間は、農地転用許可申請が可能となった時点から起算されるものというべきである。しかし、前記認定のとおり、いまだ関係機関との協議は成立するには至っておらず、本件契約後相当期間が経過したからといって農地転用許可申請が現実に可能となったということは無理であり、右の相当期間の起算時期については他に主張立証がない。

したがって、その余の判断をするまでもなく、本訴再抗弁3は理由がない。

第二  反訴

一  反訴請求原因

1  反訴請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  同3の事実及び同2のうち本件契約には農地法五条の規定による転用許可が条件として付されていたことは当事者間に争いがない。

3  同4の事実のうち原告らが本件土地の転用許可申請手続をせず、その所有権移転登記手続に協力しないことは当事者間に争いがなく、これによれば、被告が原告らに対し、あらかじめ本件仮登記に基づく本登記手続を求める必要があると認められる。

二  反訴抗弁1(許可申請協力請求権の時効消滅による本件契約の失効)について

反訴抗弁1(一)の事実は当裁判所に顕著であり、同(二)の事実は当事者間に争いがない。

三  反訴再抗弁4(時効援用権の濫用―反訴抗弁1に対し)は、前記第一の四(本訴再々抗弁4について)において検討したとおり、理由がある。

四  反訴抗弁2(解除)は、前記第一の五(本訴再抗弁3について)において検討したとおり、失当である。

第三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、被告の反訴請求はいずれも理由があるから認容すべきである。

(裁判長裁判官成田喜達 裁判官山﨑勉 裁判官中丸隆)

別紙一覧表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例